0903

「おめでとうございます。秋卒が確定したのでご連絡しました。おめでとうございます。つきましては今度の卒業式の出席の可否について、またご連絡ください。それでは、おめでとうございました。」

 という旨の学校からの留守電が入っていた。ヤッターともヨッシャーともならない。数日前に患った扁桃炎の微熱がまだ残っていることを差し引いても、別にものすごくうれしいということはない。4年半通った学び舎を巣立つことの寂しさもない。何の感情もわかない。

それにしてもこのように電話で卒業通知が来ることにちょっと驚いた。わたしのような留年生だけの特別なものなのか、それとも4年で大学を卒業する一般の学生にも単位が満了になった時点で学校から電話が行くのかな。そんな手間なことするかなあ。……よくわからないや。

わたしが知っているのは去年の末、卒論や卒制に追われていた同期が、それを提出し終わった後の安堵した表情だけだ。残り少ない学生生活をしみじみと送っているのを、あと半年の在籍期間が残っているわたしは遠目で見ていた。卒業式ではみんな振袖や袴なんか着てさぞ盛り上がったのだろうな。わたしは卒業式にいかなかったけど、先日、卒業式用の振袖カタログが下宿に届いていたので、なんとなあく分かる。ちなみにそれらは読まずに捨ててしまった。

卒業までの半年を、わたしは何やらぼやぼやして過ごしていた。どこか遊びに行こうか、小説でもなんでもいいから文章を書いてみようか、と時々思いたったけど、行くあてもなくふらふら歩き、物語の終点が見つからないままだらだらと書くばかりで身にならなかった。そうやってぼやぼやしている間は、水の中を歩くみたいに時間がなかなか前に進まないように思えたのに、気づけば受講している講義のすべてを受け終えてしまって、就職活動もぼやぼやしてたら決まり、夏休みに入った。そうしていたら卒業確定の通達が。……つまり非常につまらない学生生活の延期期間を過ごしたわけだけど、つまらないわたしにふさわしい半年間だった。

学生生活が終わる、なんて、学生らしいことをしていないので終わるも何も実感が無いけど、約16年前に小学校に入ってから続く学生生活が終わるのだと考えるとなんだか感慨深い。かこつけたら、ひとつの時代が終わったような、わたしの中の大半を占めていたものがぽっかりなくなってしまったような。その喪失感が大きすぎて、逆に無くなってしまったことに気づかない、ふりをしているみたいだ。卒業に対して実感も感情もわかない(ように装ってる)のは多分そのせい。

大学で過ごした4年半のこと、思い出そうにもうまく思い出せない。本来、時間とはまっすぐに進むものだから、それを辿ればひとつなぎの物語として大学の思い出が掘り起こされるものなのだと思う。それなのになぜかわたしのそれは、鉈でぶつ切りされたようにばらばらで、まとまりがなくて、思い出すのに時間がかかる。そのぶつ切りの記憶が現実に起こった出来事なのか、はたまたいつかの夢・幻想なのか、それすらも判別つかない。……なんで?

とにかく思い出しようにも頭がずぅぅんと重たくなる。ぐるぐると混乱する。そんなわたしが卒業式に行ったって何になるんだろう。明日大学に、卒業式には参加しないという旨のメールを送るつもり。

 

 

 

 

 

卒業式に行きたくないということは、夏休みが入るより前に母に伝えていた。母は真面目なので、卒業式の日程や当日の服装についてなど、わたしより気にしていた。さらに保守的なので、卒業式に行かないという発想など母には到底理解してもらいないはずだった。

そんな母に「行きたくない」とメッセージを送ったとき、怒られるのかと思ったら「温泉でも行こうか」と返事が返ってきたの、とてもうれしかったな。