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ひさしぶりに声を聞けてよかった、と言われて、は、とした。そうだわたしは、ここにいていいんだ。じぶんのきもちをこえにだしていいんだ。至極当然のことなのに、わたしはしょっちゅうそれを忘れる。こんや、思い出せたのは、かつてお世話になったあなたたちといつぶりかの再会を果たせたからだ。

このところなつかしいひととの再会を繰り返している。

なつかしいひと。時間的距離がうんと離れているひと。自己愛が強いあまり「忘れる/られる」ことがこわいわたしにとって、いちばん恐ろしくて、苦手なひと。それでいていっとういとおしいひと。

卒業してもなお継続利用している大学の図書館に本を返しに行く。きっかけはそんな取るに足らないことだった。そのついでといってはなんだけど、ふと、学生時代に面倒を見てもらった先生と先輩たちに会いたい、と思う。

会社から帰宅して、すぐに準備をしてまた家を出る。小雨はぽたぽた。つららで突かれるような寒さ。電車に飛び乗って学校へ向かえば、駅そのばで先輩ちゃんが待ってくれていた。わたしに、確かにこのわたしに手を振っていた。仕事の打ち合わせ以外で誰かと待ち合わせるのはいつぶりだろう。冷えた鼻がぢんぢんした。

先輩ちゃんに案内された研究室には、もうひとりの先輩さんがいた。このふたりは去年の今頃のわたしにもそうしてくれたように、卒業論文の指導をしているらしい。締切が1週間後に迫っているということで、何人かの学生たちが先輩らのもとに募ってヒイヒイゲーゲー言っていた。そんな彼らのそばで食べるコンビニパスタのうまさったら、1年前にすでに卒制を提出した者にしか与えられん。

先輩らと会うのはいつぶりだろう。年度が替わってから今日までほとんど会うことはなかった。それでも覚えていてくれる。自ら名乗らなくても名前を知っていてくれる。先輩くんには「変わってないね」と言われた。そうなの?それについてはわたしもよくわからない。わからないけれど、わたしさえも記憶から抜け落ちた過去のわたしを、先輩くんは知っていることがうれしかった。

 

あくる日、再度大学へ、今度は仕事で行くことがあった。卒業してしまった今となっては、校内の雰囲気が学生時代とまるで違うように感じる。学生ではなく来客者としてお邪魔しているのだから、当然大学からの扱いも変わるわけで、それも原因しているのかもしれない。ぞんざいに扱われたと言いたいわけじゃないけど、部外者として見られることのちょっとした疎外感。知らない場所へ迷い込んだ感覚。

仕事を終えて、さあ帰ろうかと言うときに、知っている影が通るのを見た。わたしは、同行している上司らがそばにいながら何の断りもなくその影のもとへ駆けてしまった。せんせい、と呼びかけて振り返ったそのひとはやっぱりあのせんせいだった。1年生のときから、ずっとずっと憧れていたせんせい。それなのに憧れがつよすぎて話しかけることすらできなければ、必修授業や休学の関係でせんせいの講義をひとつも受けることができないままだった。半年の留年中にようやく受けることができても、相変わらず話しかけられないままだった。

それなのにいま、せんせいと一対一で向き合って話している。しかもわたしから話しかけた。口下手のくせにそんなことするもんだから、何を話したらいいのか分からなくなっていると、だってきみ、いつもいちばんうしろの席に座ってさ、授業終わって声かけようとしたらさ、すぐイヤホンして帰っちゃうんだもん、と言われ、ヒャワーとなる。自らの存在を消すため、またせんせいの憧れを隠すため、目立たぬよう、気づかれぬようこそこそしていたつもりがすべて見られていたらしい。

 

先輩らもせんせいも、わたしのことを見ていてくれて、わたしのことを覚えていてくれた。それなのにわたしはいつも彼ら彼女らと、物理的にも時間的にも距離を置こうと、わたしのことなんて興味ないはず、覚えてなんかいないはずなんて考えてしまう。そんな難儀な性格のせいでどれだけなつかしいひとを失ったか。じぶんから突き放しておいて、いざ手も声も届かなくなるほどにまで離れてしまえば、さみしいくるしいしんじゃいたいとひとりでじゅくじゅく泣いている。思えばずっとそんな情けない人生を過ごしてきた。

先輩らもせんせいもずっとこの大学にいるわけじゃない。先輩ちゃんも先輩くんも、卒業論文を見てあげるために大学へ来ているだけだ。せんせいだって、ずっとこの大学で教鞭をとるとは限らない。例えばかつてわたしのゼミの担任だった別の先生だって、今年で退職されると聞いた。ひとと出会えばいずれ別れることは必然。

わたしがもっと能動的に動けば、先輩らせんせいらと会わない時間がこんなにも開くことなんてなかった。でもわたしはたぶん、もっと素直になっていい。誰とも離れ離れになりたくない、誰かのそばにいたいというさみしさに導かれるまま紡いだことばを、声に出していい。聞いてくれるひとがそこにいるのなら。