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青空文庫アプリをインストールして、さっそく織田作之助の『青春の逆説』を読んでみた。

むせかえるくらい濃厚なポエティック文体を好んで読んでいたわたしにとって、この作品はとてもさっぱりしていて、口の中で飴玉をころころ転がしている感覚でさくさく読めた。

ところで”逆説”って何だろう。ググってみれば、

 ぎゃくせつ【逆説】
真理(結論)と反対なことを言っているようで、よく考えると一種の真理(結論と同じこと)を言い表している説。例、「負けるが勝ち」の類。 

だったら「青春の逆説」は「”青春”と反対なことを言っているようで、よく考えると一種の”青春”を言い表している説。」と言ってしまってもいいのかな。

主人公・豹一は旧制高校に進学できるほど賢い上、美男子。このふたつを兼ねそろえていたら、さぞ輝かしい青春を謳歌していたのだろうなあ、と思いきや、自身の自意識過剰さにより高校は落第、その後就いた仕事はすぐに辞める、恋愛もうまくいかない。ぶっちぎって宝を持ち腐らしていく豹一の過ごした学生生活は、とても青春だったとは言えないような、…。

「青春」ってなんだっけ。学業も恋愛も充実した学生生活を送ることのみが果たして青春なのか。そしてそれは勉強ができて顔立ちのいい青少年にのみ与えられるものなのか。

ここで作中に登場してくる人物、赤井の青春論をば。

「僕の行為は軽蔑に値するか知らないが、しかし、肉体の解放は極く自然なんだ。不自然な行為のかげにこそこそ隠れているより、大胆に自然の懐へ飛び込んで行く方が良いんだ。汚れてもその方が青春だ。僕のように敢然と実行する勇気のない奴は、僕を軽蔑する振りで自分の勇気の無さを甘やかしていやがるんだ」 

 赤井は豹一といっしょに学校をさぼっちゃう不良仲間。未成年ながら酒色にふけっていて、「肉体の解放」とはつまりそういうコトを示している。さらに赤井はヘンな奴で、授業中、突拍子もなく笑い始めたり、教室を出ていってしまう。先生や他生徒の目を気にせず自由奔放に過ごしている様子も「肉体の解放」のうちに入っているんじゃないのかな。

とにかく赤井は、どんなに軽蔑されたって、汚らわしいと思われたって、「肉体の解放」…自分の好きなように過ごすことこそが「青春」だという。へー。

これに対して豹一は、

(自分の行為を弁解しているのだ)

(こいつがこんなに弁解ばかりしているのは、気の弱いせいだ

なんでそんなに卑屈なの。

彼は赤井の興奮に強いられて、その共鳴を表現することを照れていたのである。芸もなく赤井と一緒に興奮して、青春だ、青春だと騒ぐのが恥しいのである。つまり彼は自分の若い心に慎重になっていたのだ。美しい景色をみて陶酔することを恥じる余り、その景色に苛立つのと同じ心の状態で、彼は赤井の若さに苛立っていたのである。

あそう。

のちに豹一と赤井(ともうひとりの友だち)は単位不足により共に落第するのだけど、赤井に言わせてみれば、絵にかいたような青春を過ごすことはできなくとも、自身の青春論にのっとれば、奔放に過ごしてきた自分たちの学生生活は確かに青春だった。(これがタイトルの「青春の逆説」の意味するところなのかな。)しかし豹一は若さゆえに赤井の言うことにいちいち冷笑的で、自分も赤井たちといっしょに青春を過ごしてきたと振り返ることもなかった。

あのころには二度と戻れないという事実と目の前の現実に狭まられたとき青春とは尊くうつくしいものだと気づくものなので、このときの豹一の態度も無理はないと思う。しかも青春は青春でも「青春の逆説」を過ごしてきたので、尚更だろう。

……話が変わるが、わたしは今日をもって学校の授業をすべて受け終えた。4年と半年の大学生活が終わる。

充実した大学生活を送ることが出来たかと聞かれると、うまく答えにくい。「人生の夏休み」なんて揶揄される大学生活を、その通りに遊び倒したわけでもなく、かといって勉強や研究に打ち込んだわけでもない。サークルや部活にも入っていなかったし、バイトはしていたけど大金稼ぐほど働いていたわけでもないから、予定はいつでも空いてはいた。けどなんだかだるぅくて、積極的に何かに打ち込むということもしなかった。…大学に進学したことを何度後悔したことか。大学生活の充実度を数値化したら、全国ランキングの下位のあたりにわたしがいることは間違いない。

思えば、わたしの難儀な性格のために、そういう、どーしよーもない4年半を生きてきた。『青春の逆説』を夢中になって読むことが出来たのは、自意識過剰な豹一と通ずる部分を感じ取ったからと思う。

負け惜しみだと言われたらそれまでだけど、この4年半も、青春、とまではいかなくとも、自分にとって重要な時期だったと振り返る日が来るのだと思う。しょうもない時期だったけど、決して無駄じゃなった。その具体例は割愛するけど、ひとつだけ挙げたら、大学での学びがなければ、自分の気持ちをことばにすることを一生の習慣にしようと思うことに至らなかった。

『青春の逆説』は、終盤、「こんなに愛したのはあなたが初めてだ」と言った彼女に降られてから急速に話が進む。傷心により鬱蒼と夜道を歩いていた豹一は、適当にひっかけた女性との間に子どもが出来、結婚、おわり。何をするにも難儀な自意識過剰思考を働かせていた為に、いちいち行動が鈍かったはずの豹一とは思えないほどにとんとん拍子で話が進む。豹一が青春から抜け出しておとなになった証拠なのかなあ。いつか自分にも、自分でも悩ましいこの難儀な性格を捨て去ることのできる日が来るのかなあ。

自分がどんなにやるせないいまを過ごしていたとしても、後からあの頃はよかったと思う日がくると信じないとやってけない。