1111

五条モールへあそびにゆく。

 今月は毎週末に古本市開催されるということでおじゃました。こじんまりとした建物の外観さながら廊下や階段はふたり並んで歩くことはできないほどで、さらに売り物の古本がそこらじゅうに積まれているものだからよりせせこましくなっているけれど、柱に縛りつけられた洋燈の仄暗い灯りはあたたかく、足元の陰りはやわらかだった。

出品されている本は、京都、中でも五条(楽園)にゆかりのあるカフェや銭湯などを経営している方からのものがほとんどだった。(”又吉直樹”による出店コーナーもあったのだけど、あの又吉さんでいいのかな)

古本の山を崩さないよう、かつわたしより先に来ていた会社員らしい女性客3人組を気にしながら、なにものにも邪魔にならぬよう、座敷童になったつもりで、段ボールのなかにわんさか詰まれた古本を漁る。わたしのすぐ後ろで、お菓子のレシピ本を開いて、お気に召すページを見つけてはキャッキャうふふと盛り上がっている彼女らがいるのに、わたしが見ていたのは遊郭や赤線に関する書籍ばかり並べられたコーナーだった。わたしに気付いた彼女らから白い目で見られていないかと、背中はびくびく、自意識で膿んだこころがじゅんじゅくするけれど、どうしてもそういう本にはすごく興味があんだもん……このために来たんだもん……とこころをころす。

というように心持ち命がけ(?)で見つけだして購入した本が井上理律子さんの『さいごの色街 飛田』。タイトル通り日本最大級にして最後の遊郭として名高い”飛田遊郭”についてのルポルタージュ作品。惹かれたのは、これを書いたのが女性であるというところ。

どうもわたしは、岩井志麻子さんやろくでなし子さんのような、性文化、アダルトコンテンツに切り込んでいく女性に憧れる。井上さんの場合、飛田へ実地調査に行った上でこれを書いたというのだから、読む前から尊敬してしまう。

――ここだけの話、わたしも大学時代、京都にある某神社周辺についてフィールドワークがしたかった。というのも、その神社は「縁切り」で有名であるくせ、すぐそばには、「縁切り」とは対極にあるだろう”愛を育むための宿泊施設”が軒並んでいた。それが不思議でたまらなくて、当時のわたしの担任だった教授にぜひ調査したい、そのためにフィールドワークのご指南をいただきたいというと、わたしが女性だったために止められた。わたしの身を案じての教授の指導だった。わたしもわたしでびびってしまって、結局この調査はおじゃんになった。

だからこそ井上さんたちには憧れる。自分の興味の向くままに。「女性なのに」と言われてもブレない自分の軸を確かに持っている。わたしには、むかしもいまも、それがない。そうしてぐずっているうちに、井上さんたちにはどんどんと知識と経験とフィールドを広げていく。それが、とてもうらやましい。

思えば、この五条楽園という場所に興味があるのは、ほんの数ミリだけでもいいから、井上さんたちに近づきたい気持ちが未だにあるからだろう。今度の引っ越し先は五条、なかでも旧赤線地帯”五条楽園”の近所に住もうと思っている。

……丸くくり抜かれた窓、つやつや光るモザイクタイルの壁、階上にはガラス張りの縁側……そこで手招く遊女と、彼女らを求めてソレに飢えた殿方がこぞって訪れていた楽園。今となってはガイドブックに載っていない、ある意味隠された場所。そこでわたしも(実際に遊郭だった建物でなくとも、近くのアパートでいいので)一緒になって隠居すれば、毎日をどんなにぼんやりと過ごすことができるだろう。

きっとソコにあるはずの未来の住居もといわたしだけの理想郷を探すため、五条楽園近辺を開拓したい。すぐに引越しをする予定はないが、即日実行、それがわたしの座右の銘、…と、今朝決めて、古本市に遊びに来た。そうして井上さんのルポを発掘したのは、巡りあわせ?

他にも見つけた気になる本とまとめて会計してもらい、ほくほくしながら建物を出ると、日は暮れてすっかり寒くなっていた。例の女性ライターの勇士に高揚されたわたしは、カフェでごはんを食べるというらしくもない行動に走る(「らしくない」というのは、実のところわたしは軽度のカフェ恐怖症なのである)。クラムチャウダーを頼んで、待っている間にさっそくルポを開いてぱらぱらとめくって読んでみた。

(”料亭(という名目の)”客引きに井上さんが話しかけてみると、)

「うるさいわ。女の来るとこ違うやろ、どあほ。」

誰にだって”負”の経験はある。それでも聞きたかったのは、あの町のなんとも表現しがたい雰囲気を、言葉で紡ぎたかったからだと思う。怒ったり、笑ったり、騙したり、騙されたりを、どうしようもなく繰り返す人間の性がむきだしのあの町は、私を惹きつけ続けた。

わたしはこれから、自分を惹きつけるモノにどれだけ近づくことができるだろう。どれだけそのモノに対する愛情を表現して、モノに還元することができるだろう。

 

f:id:Ipheion:20181124212406j:plain

クラムチャウダーのおまけ。おしりみたいなパン。